戦前戦後、昭和から令和の雪面を滑る
雪面を颯爽と滑るかのようなサラッとしたのどごしで、梨のような果実香がほんのりと立ち上がります。
代表的な新潟の淡麗とは少し趣向の異なる、旨味がのりつつもスッキリとした味わいが特徴的です。
昭和2年(1927年)、スキー正宗は誕生しました。
昭和18年ごろから、世界大戦の影響でカタカナが敵性語と見られたため、読み方は変えず漢字表記にし「寿亀正宗」へ変更。
戦後、再度カタカナ表記に戻したそうです。昭和初期のラベルを復刻させ、現代では逆に新鮮で目新しい印象を与えます。
酒蔵物語「武蔵野酒造」
創業:1916年
所在地:新潟県上越市
スキー発祥の地で皆が呑んだ酒
《過ぎるをしない、奇をてらわない、吞み飽きしない酒》
高田は日本に初めてスキーが伝わったスキー発祥の地。
当時スキーなんていう英語は誰も分からずスキーを産業にしようとスキー踊り、スキーめし、スキー汁など地域上げてのキャンペーンが行われた。
その中に武蔵野酒造のスキー正宗もあった。しかし、日本は戦争に入り外来語が禁止さる。
先代はかなり頑固だったようでスキーを寿亀(すきー)と漢字に書き変えその名を通した。
前代長男の蔵元が急死し次男が蔵を継承。その息子に当たる小林兄弟が酒蔵を継ぐために東京から高田に。
同時期に次男の奥様も亡くなり、昔の慣わしもあって長男の奥様を妻として跡目を継ぐ。
発酵、醸造に関する研究者としては世界的権威者である坂口謹一郎先生とゆかりが深く、そのゆかりの座敷も特別な会で使われている。
酒米の表示をあえて新潟ではなく国産と表示、これは米が取れなくなった時のリスク回避の為。
一族を以って酒蔵を継承する。後継者は兄弟と言ってもこれまでの生活を捨てることにもなるわけですから大変なことだと思います。
このスキー正宗はスキー産業と共に歩んで来た酒です。
この街に来た人はこの酒でアフタースキーを楽しんだわけです。学生時代スキーをやっていた私もこの酒は知っていました。